学会発表

氏名 斎藤 光
氏名(カナ) サイトウ ヒカル
氏名(英語) SAITOH Hikaru

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発表タイトル

日本語文化圏のカフエー再考 ―― 「女給スタイル」を考えたい

単独・共同の別

単独

学会・大会名名称

国際日本文化研究センター・共同研究:近代東アジアの風俗史(2020年7月11日・12日開催)(発表は7月11日)

発表場所

国際日本文化研究センター

発表年月日

202007

国内外の区分

国内

概要

主に「報道写真」を用いて、「女給スタイル」の変遷を1911年から1931年までの20年間たどった。
仮設的に提示したこと。
1)「女給」の着物の制服および白いエプロン着用は、カフェーライオンからスタートした。
2)「女給」の脱エプロンは大阪(ユニオン)からはじまった可能性が高いが、写真としては、「赤玉食堂」(1927年)が今回確かめることができた最も古いものである。
3)今回の写真で見る限り、東京での脱エプロンは、1929年頃と考えられる。
4)自前洋装の女給の写真は、今回確認できたものでは、1929年の京都のものが一番古い。