トイレのなかった地域にトイレが建てられるとどのようなことが生じるのだろうか。WHO(2017)によれば、8億9200万人が適切なトイレを持たず、野外排泄をしているブルキナファソでは、約1400万人が適切なトイレにアクセスできないとされている。SDGsでは、すべての人が「安全に管理された」衛生管理を利用できるようにすることを目指されている。トイレの普及は衛生状況の改善や糞便由来の感染症の流行の抑制などをもたらすだけではなく、社会・文化的な変容も引き起こすと考えられる。トイレの生産・維持管理についての社会組織があらたに必要とされるようになるだけではなく、トイレを自らの生活空間に組み込むということも必要とされる。
本発表では、トイレのなかった地域において、トイレが居住空間のなかにいかに位置づけられるのかという点を論じる。具体的には、ブルキナファソ中北部州で1980年代から断続的に行われた国際NGOによる3度にわたるトイレの普及プロジェクトによる、同州内のロンゲン村で見られるトイレの空間的配置の変化に着目し、人びとの生活の中におけるトイレの位置づけの変化を明らかにする。
対象地域では、1980年代からNGOにより、3回に渡る大規模なトイレ普及プロジェクトが実施され、数千個に及ぶトイレが設置され、VIP型のトイレが普及している。野外排泄を行う人びとは、新しい村、もしくは、マイノリティのフルベの村の一部に限られ、これらの地域では、住民独自にトイレ建設を行い、汲み取りが商業化する萌芽が確認でき、トイレはこの地域に一定程度定着していると評価できる。
他方で、トイレの建設年代別を整理していくと、トイレの導入初期には、集落の周縁部に設置されたトイレが、屋敷地に隣接するようになると、屋敷地内に入り、現在はメナージ(家計世帯)毎に作られるようになっている。住居空間と外部からの介入過程をすり合わせていくと、トイレが、外部者によって持ち込まれた未知の施設から、個人、または家族にとっての必須の施設へと変化する様を読み取ることができる。
このように、トイレのなかった地域で居住空間のなかにトイレがどのように位置づけられるのかというテーマは、世界各地で進行しているトイレ普及の現場で共通してみられうるものであり、トイレの共有の範囲やトイレの位置から私的空間の範囲や「不浄」なものの位置づけの通文化的な研究を可能にするものと考えられる。