2019年に武蔵野美術大学附属図書館で「描かれたチャイナドレス」展の図録を閲覧した際、それまで研究を続けていた英国前衛美術運動「ヴォーティシズム」との関連で久米民十郎が「ロンドンやパリで、エズラ・パウンド、アーネスト・ヘミングウェイらと交流し、彼らに能をはじめとする日本文化を伝える役割を果たしていた」と紹介されていることが分かり、彼の絵画作品《支那の踊り》について「イギリスで学んだヴォーティズム(渦巻派)の影響が色濃い、力強い曲線で構成されている」と解説されていたことから、久米および彼の周辺に関して調査・研究を行なった。その過程で久米がの母「せつ」が跡見花蹊の養女であることが明らかとなったことから、これまでの五十殿利治と水沢勉らによる久米の絵画作品研究ではあまり触れられることのなかった日本の古典芸術と久米の関わりを明らかにした。