谷崎潤一郎が関西移住以後(いわゆる「古典回帰時代」)に発表した「吉野葛」(1931)について、「紙」というメディアの文化史の記述をもとに、小説の新しい解釈を提示する。
谷崎は文学作品がブック・デザインによって完成すると考えていた。その谷崎自身の考えにしたがって、谷崎作品の書誌情報の網羅的な調査を実施し、谷崎文学の特徴について述べた。次に、「吉野葛」の完成と発表までのプロセス、発表した当時にどのように評価されたのかという点、これまでの研究が提起した論点を整理した。次に、谷崎がこだわりを持っていた和紙の歴史について、「吉野葛」の表現と関連付けながら概観した。最後に以上の周辺的な調査から得た結果と、小説の中の掛詞(かけことば=ダブル・ミーニング)に注目して作品を新しく解釈し直した。
本論は、「吉野葛」のなかで描かれる「母恋」の主題と「紙」というモチーフを結び付け、谷崎文学の特質を内容と形式両面から検証するものである。